Stories No.13 ~震災から学んだこと。あの日を忘れない3.11~

 

Stories No.13

日本で働いていたときのはなし。 

ひとりの女性Yさんがお母様の紹介で、お店に施術を受けに来てくれました。お母様のことも私が施術をさせて頂いていて、Yさんは、めったにこういうところに通わない母が通うなんて珍しい!と不思議がって興味を持ってくださったようでした。

Yさんも通ってくれるようになり、色々な話をさせてもらいました。その頃から店長として、少しずつ自信がついてきた時期でもあったり、もっと人の身体について探求していきたいとモチベーションを高くしていたと同時に、将来、海外で仕事をしてみたい!薬をつかわずに人の身体をよくするにはどうすればいいのか模索していて、オーガニック大国のオーストラリアでナチュロパシー(自然療法)を学びたいと思うようになります。 
 

そんな話をYさんに話すと、彼女はたくさんの人脈を持っていることもあり、知り合いにオーストラリアでナチュロパシーを学んだ人がいるよ!と教えてもらいます。

話を聞いてみたい!!と言ったら、Yさんがその方とコンタクトを取り、話を聞く機会を作ってくださったんです!! 

オーストラリアでナチュロパシーを学んだ彼女が行っていた学校はまさしく、私が興味を持っていた学校だったのです。
こんなことってあるんだなぁと不思議に思ったのを覚えています。
結局、英語もできないし、お金も十分ではなかったので、学校に行くことは叶わなかったのですが、バイロンベイという街で私はたくさんの学びを得ることになります。
  
それからというもの、Yさんは、お店に娘さんを連れてきてくださったり、福島から来ている旦那さんを紹介してくださったりして、ご家族の方ともつながりを作ってくださいました。
 
 
Yさんは福島に嫁ぎましたが、震災後から、3人の娘さんを連れて自主避難という形でご実家の茨城に戻られていました。
 
私が会社を辞めて、オーストラリアに行くまでの間も福島の素敵なお家に招待してくださり、社長のご家族、会社の方々、職人さんたちを施術させて頂きました。家具と家の相談やさんHPはこちら
 
 
Yさんと社長の会話から、私も考えさせられることがたくさんありました。
震災の後のこと自主避難のこと会社のこと福島のこと、その他もろもろ今まで目の前にある当たり前に感じていた幸せや、人、モノ、が突然なくなってしまうこと、世の中変わらないものはないということ、私達は未来に何を残せるか子供たちに何を残せるか、人、自然、環境、未来、サスティナブルに生きるとは etc…
 
社長とYさんの軸は決してブレなかった、むしろ、震災の後はさらに強固なものになっていたように思います。

 
あの日を忘れてはいけない
 
 
あの日を思い、私たちは何ができるのか、そして何をしていかなくてはならないのか。
Pray for Fukushima in byron bayイベントに参加した時のものがバイロンのecodailyに掲載されました(私は最前列にいます)
 
私達はこれからも考えていかなくてはならないのだと思います。

 
Yさん自身、子供達のことを思っての自主避難は苦渋の決断だったと思います。

どうしてこんなことになってしまったのだろう、どうして私達だけ?と思うこともあったでしょう。

 
起きてしまったことを受け止め、その上で最善の方法を考える。
Yさんご夫婦から、私は人間の底力、強さを見ました。

社長、Yさんの思いはこれからの日本の住まいを変えていくことでしょう。色々なことを教えて頂きありがとうございました! 
 

私たちは自然に生かされている。
これからも自然と共に生きる…

Tot ziens x